短歌結社誌『未来』の10月号を読んだ。このブログで結社誌『塔』に試みているものと同様にして、『未来』の秀歌選をつくってしまいたいと思う――と云ったら、一読者が「秀歌選」とは何様であるか、と憤慨される方もおられるだろう。実を云うと――これは『塔』についても云えることだが――私はこのブログに於る秀歌選を、厳密な意味での「秀歌選」ではなく、短歌評に於る一つの形式であると考えている。
『塔』や『未来』に参加している歌人は極めて多く、歌の数も一つの雑誌に載せる歌数としては有りえないほどのものであるが、その一方で、一人一人の歌人の歌数は比較的少ないという傾向がある。さらにそれぞれの歌人の趣向の統一性が少なく、歌の主題が歌人によって大きく異なる。このような雑誌に於て、統一感のある批評を通常の形式で展開することは困難で、それよりはまず印象に残った歌を列挙するスタイルの方が、筆者にとっても読者にとっても好ましいように思える。それ故の「秀歌選」というわけだ。どうか御容赦頂きたい。
『未来』2012年10月号に掲載されているすべての短歌より10首選んだ。掲載順に記す。
1 とびとびに信号の青の見通せる夕映えの路 カラス飛ぶ街 佐伯裕子
2 隣席に赤い金魚の座りいてあなたに影響を与えたい と言う 槌谷淳子
3 血の滲むような赤さに咲きみちるグラジオラスみなこちらを向いて 槌谷淳子
4 正しいと知っているからもういいねこのマシュマロは私がもらう 中込有美
5 胸元にあえかな桃を捧げもち片瀬江ノ島まで目を瞑る 紺乃卓海
6 夏空にうすずみを零してしまう なんだか息苦しい乾きかた 紺乃卓海
7 雲上はきっとパレードめくるめく靴音を地に響かせてゆく 紺乃卓海
8 夏の夜のはだけた胸に陸揚げをされて飛び交うみどりのさかな 紺乃卓海
9 言い訳は残業でいい 予想より美味しい缶のグリーンカレー 小林千恵
10 星に手は届かじ 恨みを込めた目の先に深爪された中指 増金毅彦
1は遠近感のダイナミズムが弾ける力強い作品。
2、3の槌谷淳子の作品の――特に2の「金魚」に於て顕著なように――一般的に赤いものをわざわざ赤いと云うことで表現されるより鮮烈に「赤い」世界観に驚きを覚えた。2の一字空けにはどこかユーモラスな怪奇が滲む。
4、9は、美味しそうな短歌である。
5、6、7、8の紺乃卓海の作品のアイディアと緻密な構成が興味深い。「片瀬江ノ島」、「うすずみ」、「パレード」、「みどりのさかな」のようなユニークな語を中心として展開される世界は、華やかな楽しさに、切なさや、哀しみを織り込んだ多面的な空間として読者の前に立現れる。
10の、これだけ陰惨な表現を並べてなお読者を惹き付ける作者の手腕に驚く。
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