短歌総合誌『短歌研究』(短歌研究社)の11月号を読んだ。今号は創刊八十周年記念と云うことで、多くの歌人が参加する充実した内容となっている。中でも、吉田竜宇の連作「白の距離」と山崎聡子の連作「手のひらの花火」が面白かった。
まず、吉田竜宇の「白の距離」には、
血液はしずかに巡りてのひらを満たすそのようにして季節は
晴れた日に見える全ての青色をただ空と呼び手紙に書いた
マルジェラのタグのすべてに丸をつけ白い鳥しか飛ばない国へ
こういう歌があるのだけれど、一読して斬新な視点と洗練された韻律が印象に残る。
一首目と二首目は、「季節」、「空」という普遍的なテーマを独自の視点で読み直すことによって、古典性から解放された現代的なモティーフとしての新しい活力が与えられている。一首目の下の句の、「そのようにして」の美しい句跨りから、「季節は」と倒置的にまとめる余韻たっぷりの結びが素晴らしい。
三首目の「マルジェラのタグ」がどういうものか私は知らなかったのだけれど、ベルギーのファッションデザイナーマルタン・マルジェラの、タグの0~23までの数字に丸を付けてコレクションラインを示す個性的なスタイルのことを指しているらしい。実物を知っていると、「すべてに丸をつけ」た状態を視覚的にリアルに把握できるけれど、知らなくても十分に楽しめる奥行きを持った作品だと思う。
山崎聡子の「手のひらの花火」には、
屈折ののちの明るい日々のなか夜風を裸眼の両目におくる
感情はときに水場のようにあり揺れるぬるい水、あたたかい水
どれほどの渇望かもうわからない君とゆっくりゆくアーケード
モハメド・アリの背中に青い影が立ちほのおのように燃えていた夏
暗転とそして明転 くりかえしくりかえし朝と夜を迎える
へび花火ひとつを君のてのひらに終わりを知っている顔で置く
こういう歌があるのだけれど、豊かなアイディアと、刺激に満ち、かつ心地よい韻律に新鮮な驚きを覚えた。山崎聡子の作品を読むのは私にとっては『短歌研究』2011年2月号以来だけれど、当時と比べると、独自の韻律の成熟、構想の深化がはっきりと伺える。
三首目の「アーケード」、四首目の「モハメド・アリ」、六首目の「へび花火」は、短歌全体の描写の中で、それ単体に生じるありのままのイメージからは離れた独自のモティーフとして機能している。
二首目の「ぬるい水、あたたかい水」、五首目の「暗転とそして明転」というフレーズも印象深い。こういう相対する語を並べる手法自体は特に珍しいものではないけれど、対比させる語の選択、一首全体になめらかに滑り込む韻律が印象的で、この手法の新しい可能性を示しているように思う。
二人の作品には、現代短歌の新しい可能性が存分に感じられる。八十周年を迎えた「短歌研究」が、短歌界の最先端の動きを感じとれる媒体としてこれからも機能してくれることを願いたい。
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