『本郷短歌』(東京大学本郷短歌会)の創刊号を読んだ。
上の表紙の写真を見て頂ければわかると思うが、この雑誌、非常に渋いフォントとレイアウトで構成されている。p.26の「座談会 作歌の原点、現在地」というコラムの題字は巨大な「ヒラギノ角ゴシック体」で書かれていて、60年代の学生闘争が再来しそうな気配がある。短歌もまた重厚で読み応えのある作品が多く、エキセントリックな早稲田短歌会とは良い意味で対照的な存在だと思った。なかでも、
どつぷりと紅茶にレモン片 人に言へざる夢を見てしまひたり 安田百合絵
この一首は興味深い。「どつぷりと」という大胆な初句で口火を切り、「レモン片」の「片」を第三句にはみ出させることによってレモン片の重量感を存分にアピールして、そのあとに本題をつなげる個性的なスタイルの短歌だ。「どつぷり」の促音の「つ」を旧仮名で表記しているのも効いていると思う。
ところで、この本郷短歌の創刊号についてひとつ気になることがある。小原奈実の短歌がない、ということだ。小原奈実氏は本郷短歌会に所属する若い歌人で、私は彼女の存在を2011年4月5日の「朝日新聞(夕刊)」に掲載されていた「刃と葉脈」という連作で知った。そこには、
わが今日を忘れむ我かとりあへず鈍色のダウンコートなど着て
白梅の八重ゆるみゆくまひるまにゆるみあまりしひとひらの落つ
というような歌があったのだけれども、この2首には驚愕した。
まず、一首目についてだが、第二句までは静かでテンポのいい言葉でリズムをつくって、第三句で突然「とりあへず」などという投げやりな語をもってきて流れを転じ、ここで「鈍色のダウコート」という異常に渋いアイテムを持ち出してくる。そして最後の「など着て」――この4音が最も恐ろしい。この気韻のある締めによって読者は幽玄の世界へと旅立ち、閑寂な趣に心を遊ばせることになる。その別天地への起点が「ダウンコート」という日常的な存在であることも興味深い。
二首目は雅な歌だ。現代短歌を雅だなどというのはともすれば皮肉のように聞こえるかもしれないが、この歌についてはそんなことはない。現実の白梅に於てこのような情景を観測することは不可能のように思えるが、小原奈実の短歌の中にはリアリティーをもって存在している。なにか藤原定家の短歌に見られるような夢幻性を現代的にシャープにアレンジしたような、クラシカルな香りのする新しさを感じる。また、この歌に於ても締めの「落つ」が極めて上質であることにも注目したい。
記念すべき本郷短歌の創刊号で、短歌史に新たな足跡を残すであろう小原奈実の作品に立ち会えなかったことは残念と云うより他ない。
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