一俳句ファンが勝手につくってしまう秀句選、第4回は尾崎放哉(1885~1926)だ。彼は荻原井泉水に師事し、同門の種田山頭火とともに自由律俳句の二大巨頭と称される人物だ。放哉は東京帝国大学法科大学政治学科を卒業後、通信社に入社するもわずか1か月で退社、その後は複数の保険会社に勤め38歳で退職、修養団体「一燈園」に所属し、無所有・無報酬の生活を送ったという特異な経歴をもつ。『現代句集』(筑摩書房)所収の彼の死後刊行された句集、荻原井泉水編「大空」にある726句より44句選んだ。概ね年代順に記す。
1 蟻を殺す殺すつぎから出てくる
2 友の夏帽が新らしい海に行かうか
3 今朝の夢を忘れて草むしりをして居た
4 烏がだまつてとんで行つた
5 かぎ穴暮れて居るがちがちあはす
6 傘干して傘のかげある一日
7 こんなよい月を一人で見て寝る
8 わが顔ぶらさげてあやまりにゆく
9 片目の人に見つめられて居た
10 かへす傘又かりてかへる夕べの同じ道である
11 雀のあたたかさを握るはなしてやる
12 大雪となる兎の赤い眼玉である
13 笑へば泣くやうに見える顔よりほかなかつた
14 なんにもない机の引き出しをあけて見る
15 色鉛筆の青い色をひつそりけづつて居る
16 節分の豆をだまつてたべて居る
17 一人分の米白々と洗ひあげたる
18 考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る
19 するどい風の中で別れようとする
20 どんどん泣いてしまつた児の顔
21 田舎の小さな新聞をすぐに読んでしまつた
22 豆を煮つめる自分の一日だつた
23 二階から下りて来てひるめしにする
24 とかげの美しい色がある廃庭
25 母の無い児の父であつたよ
26 淋しいからだから爪がのび出す
27 ころりと横になる今日が終つて居る
28 一本のからかさを貸してしまつた
29 蛍光らない堅くなつてゐる
30 花がいろいろ咲いてみな売られる
31 少し病む児に金魚買うてやる
32 花火があがる空の方が町だよ
33 あらしがすつかり青空にしてしまつた
34 淋しい寝る本がない
35 入れものが無い両手で受ける
36 口あけぬ蜆死んでゐる
37 せきをしてもひとり
38 働きに行く人ばかりの電車
39 墓のうらに廻る
40 窓あけた笑ひ顔だ
41 久し振りの太陽の下で働く
42 仕事探して歩く町中歩く人ばかり
43 森に近づき雪のある森
44 春の山のうしろから烟が出だした
陰惨な内容の句も多いが、不思議と暗さが感じられない。27には笑ってしまった。
彼の句は自然体のようにも見えるが、かなり狙っているようにも見えて、つかみどころがない。実は、この「大空」所収の句は師の井泉水による添削でオリジナルと異なっているものも多く、そのあたりが彼の句のつかみどころのなさを加速させている原因でもある。いずれにせよ、彼のような境遇にない人間にも、なにか共感できるような普遍性が彼の句にはある。特に、37、39のような極端に短い詩形は彼の独擅場と云えるだろう。
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