2010年12月6日月曜日

夏目漱石 秀句選1

一俳句ファンが勝手につくってしまう秀句選、第1回は夏目漱石(1867~1916)だ。彼は「吾輩は猫である」、「こころ」等の作品で名高い明治の文豪だが、正岡子規の親友でもあり、彼の勧めで始めた俳句をおよそ2600句残している。坪内稔典編『漱石俳句集』(岩波書店)所収の848句より38句選んだ。概ね年代順に記す。

1  朝貌や咲たばかりの命哉

2  埋火や南京茶碗塩煎餅

3  冬籠米搗く音の幽かなり

4  親展の状燃え上る火鉢哉

5  黙然と火鉢の灰をならしけり

6  日の入や秋風遠く鳴つて来る

7  曼珠沙花あつけらかんと道の端

8  行く年や膝と膝とをつき合せ

9  秋の雲ただむらむらと別れかな

10 武蔵野を横に降る也冬の雨

11 一つ家のひそかに雪に埋れけり

12 奈良の春十二神将剥げ尽せり

13 陽炎に蟹の泡吹く干潟かな

14 居合抜けば燕ひらりと身をかはす

15 落つるなり天に向つて揚雲雀

16 草山や南をけづり麦畑

17 端然と恋をしてゐる雛かな

18 永き日や欠伸うつして別れ行く

19 君が名や硯に書いては洗ひ消す

20 秋の蠅握つてそして放したり

21 空に一片秋の雲行く見る一人

22 どつしりと尻を据えたる南瓜かな

23 角落ちて首傾けて奈良の鹿

24 秋風や棚に上げたる古かばん

25 行く年や猫うづくまる膝の上

26 短かくて毛布つぎ足す蒲団かな

27 ニツケルの時計とまりぬ寒き夜半

28 人形の独りと動く日永かな

29 朝皃の葉影に猫の眼玉かな

30 独居や思ふ事なき三ヶ日

31 生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

32 骨の上に春滴るや粥の味

33 逝く人に留まる人に来る雁

34 白菊と黄菊と咲いて日本かな

35 石段の一筋長き茂りかな

36 秋風や屠られに行く牛の尻

37 我一人行く野の末や秋の空

38 鍋提げて若葉の谷へ下りけり

漱石の豊かな想像力と観察眼にかかれば、何気ない日常もよくできた小説のようにおもしろいものになることがわかる。ほのかにただようユーモラスな雰囲気も作品の世界にやわらかい空気を吹き込んでいる。

0 件のコメント :

コメントを投稿