2013年2月13日水曜日

2012年11月

去年の11月に詠んだ短歌をまとめておく。14首。御感想を頂けると嬉しい。

しじみ蝶

収穫を終へし田の面に組まれゐる 藁の構成 我の構成

透明な秋のひかりにくれなゐのほほづきひとつふたつみつよつ

人びとのあゆむ速さに滲みゆく銀杏並木のあをいろきいろ

焦げ茶色の陸橋に汽車はあらはれずあとすこしだけ此処にゐる 時間

とびとびにとぶ雲を見るあきかぜのはてにはなにもない空もあり

夏には花でうめつくされたこの場所にいまふたひらひらく秋の薔薇みゆ

百合の木の量感あはく色づいた茶色い葉から順に落ちてゆく

くすりゆびで引つ掻いたやうなきづあとを(そこにはゐない)雲がのこした

すこしだけさみしくなつた銀杏の葉の空白にまた冬が来りぬ

ポケツトから柿の実ひとつ取りだして一寸ちよつとなげてみる軌道のやうな

赤さびた柱に組まれし廃屋に 吹きぬくる風 生えのぶる蔦

冬薔薇の棘の硬さに食ひ込んだ人差し指に血は出て来ない

木の椅子は秋のひかりに温かく降りやまぬ葉の重さをおもふ

しじみ蝶のからまりあつて昇りゆく 太陽にかさなつてみえない

2013年2月7日木曜日

未来 2013年2月号秀歌選

短歌結社誌『未来』の2月号を読んだ。今月も秀歌選をつくってしまおうと思う。『未来』2013年2月号に掲載されているすべての短歌より9首選んだ。掲載順に記す。

1 いずれあなたの戸閾とじきみを踏むあしうらを今日は真水に浸しておりぬ  村上きわみ(以下同じ)

2 風下に咲く大叔母の簪をかろうじてこの世からながめる

3 くちなわを濡らすひかりのあまやかな記憶の底に凝る、何度も

4 濃紺の守衛の胸に伏せられて書物は冬に似たものになる

5 白湯だけが親しい夜の入り口でいいよあなたの六腑になろう

6 (ゆるすとかゆるさないとか)恥ずかしい釜揚げうどんぞるぞるすする

7 啜ったり舐めたりするひと ひ って言ういのちだ なんとしてもかわいがる

8 泣くまいとしている人にひとつずつ滝を差し入れて暮らしたい

9 (いきものがひくく構えていることのかけがえのなさ)咬みにきなさい

村上きわみの「戸閾を踏む」(「2012年度未来年間賞」として、一年の投稿歌の中から秋山律子が選んだ作品集)の読み応えが尋常ではない。

まずめまぐるし動く作中主体の視点がこの連作の醍醐味のひとつであろう。2では現世と来世の境界に存在している作中主体が、6では「釜揚げうどん」を「ぞるぞるすす」っていたりする。更には5では、「あなた」の身体に同化する意思――或は未来――が表明され、8、9ではやや超越的な視点が導入される。このように作中主体は通常の自我の枠組みを完全にはみだしてしまっているが、「はみだしている」のはそれだけではない。

驚くべき短歌表現の柔軟性を見てほしい。句跨りや、一字空け、句読点、パーレンなどの表記的な技術に支えられた、言葉の緩急によって形成される情感の脈動が、描写を越えて読者の心に叩きつけられる。特に印象深いのは、6の「ぞるぞる」や7の「ひ」のような音の扱いである。「ぞるぞる」のような擬音語は、短歌に限らずあらゆる言語世界で無自覚かつ大量に再生産され、その過程で語が本来有していたであろうテンションの一部を失っているように思える。「うどん」を「すする」シーンに対してメジャーな擬音語であると思われる「ずるずる」を使用したのでは十分な効果が得られなかったことであろう。また、7の「ひ」というひらがな一字で表された声を「いのち」と等価なものとして提示する手法も興味深い。このような音――それ自体は短歌の構想的にはほとんど無内容ともいえる表現――が、前後の言葉との有機的な関連に於て、選択され得るあらゆる理知的な描写を凌駕する可能性があることが彼女の作品に示されていることは、現代短歌の表現を考える上で示唆深いものがあるように思う。

未来 2013年1月号秀歌選

短歌結社誌『未来』の1月号を読んだ。今月も秀歌選をつくってしまおうと思う。『未来』2013年1月号に掲載されているすべての短歌より5首選んだ。掲載順に記す。

1 傷がつきにくい加工をほどこされ傷つきにくい眼鏡のレンズ  柳澤美晴

2 刻々と老いる体であそびたい(まだあそびたい)カステラを焼く  村上きわみ

3 こっくりとした色へ髪を塗りかえて今日こそ秋をはじめなければ  中込有美

4 純白の羽根の名残のように咲く睡蓮を指差してあなたは  中込有美

5 完璧なカラメルなのよ微笑んでひと息に割る銀のスプーン  中込有美

――最後まで読んでも「傷がつきにくい」というそれだけなのであるが。

――(まだあそびたい)。

――「こっくり」は「色・味などが、落ち着いて深みのあるさま」(大辞林 第三版)を表すらしい。いかにも秋らしい秋――「定型」としての秋――への焦燥。

――輝かしいまでの美しさを放つ前半の描写がむすびの「あなたは」の言いさしに収斂する。

――「カラメル」と「銀のスプーン」の光沢の呼応と破壊。