2011年1月31日月曜日

『古今和歌集』秀歌選

『古今和歌集』の秀歌選をつくりたい。私は古今集がきっかけで短歌に興味をもつようになった。独特な幻想美と音楽的な調べは当時の私にとって大きな衝撃だった。子規の批判や現代短歌に触れ、今はあのときとはまた別の視点で古今集を見ているが、私の短歌の原点にはいつだって古今集がある、このことは変わらないと思う。『古今和歌集』(角川学芸出版)を参考に、「巻第一」から「巻第十八」までに収録されている1000首より10首選んだ。掲載順に記す。

1  ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ  紀友則

2  花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに  小野小町

3  ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかにとふ人もなし  よみ人しらず

4  ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは  在原業平

5  みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ  壬生忠岑

6  白雪の降りてつもれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ  壬生忠岑

7  昨日といひ今日とくらしてあすか川流れてはやき月日なりけり  春道列樹

8  わが恋はむなしき空にみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし  よみ人しらず

9  命にもまさりて惜しくあるものは見はてぬ夢のさむるなりけり  壬生忠岑

10 春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな  紀友則

1、2、4は「小倉百人一首」に選ばれている。いずれも韻律の完成度が極めて高い。特に1の音楽性は短歌史上においても群を抜いて優れているように思える。

この10首は文体こそ古いが、内容において古臭さは感じられない。むしろ現代的ですらある。短歌が滅びない限り、古今集が日本人から忘れ去られることはないだろう。

2011年1月17日月曜日

塔 2011年1月号秀歌選

塔短歌会の黒田英雄氏のブログ『黒田英雄の安輝素日記』の記事「短歌(うた)を読む素養」にこんなことが書いてあった。

俺は歌人との交流はないが、歌人という連中が、自分の歌のことだけ考え、他の結社に全く興味がなく、ただひたすら自分自分とうなっている、そんな自意識の中でしか生きていない社会性ゼロの連中に思えて嫌悪するのだ。私のように、自分のブログで名歌選や秀歌選をやる歌人がなぜおらんのだ(除く伊波虎英)!「読むこと」を重視しているはずの「塔」の連中ですらやらない。こいつらも駄目だ。自作の発表だけでなく、他人の歌を評価するということが、自身の短歌観の表明に役立つということが、どうしてこいつらはわからんのだ。俺がこの無名の歌人を発見したのだという自負心が飛び交うようになって初めて、短歌というものは活性化するだろう。だから俺は、明日も明後日も、名歌選秀歌選をやり続ける。

この主張はなかなかおもしろい。私自身選歌は大好きなので、結社誌「塔」の秀歌選をつくってみることにした。『塔』2011年1月号に掲載されているすべての短歌より8首選んだ。掲載順に記す。

1 好きなだけ時間をかけて自らの歯を磨くとは贅沢な時間  松村正直

2 赤い夾竹桃白い夾竹桃そして病院の地下へと続くゆるき坂見ゆ  杉本潤子

3 湯を沸かし菜をきざみつつキッチンで私は何をかんがえている  沢田麻佐子

4 五条烏丸ごじょうからすまくりかえし声にしてみる遠くの街を  宮地しもん

5 メダカ飼う小さきパン屋へ寄り道す君らにふいと会いたくなって  村瀬美代子

6 憎むにせよ秋では駄目だ 遠景の見てごらん木々があんなに燃えて  大森静佳

7 どこまでも逆光である ゆるやかに睫毛を立てて君を見るとき  磯部葉子

8 網戸越しに見ていた空に網の目がはびこってもうどうにも網戸  相原かろ

印象的なフレーズが多い。4の「ごじょうからすま」、8の「どうにも網戸」は特に心に残る。

2011年1月14日金曜日

短歌研究 2011年1月号

短歌総合誌『短歌研究』(短歌研究社)の1月号を読んだ。一首印象深い歌がある。

日の差せば小さき傷の見えてくる卓なり囲み家族と呼ばる  大下一真

写実的なようで作者の立ち位置が曖昧な第四句までと、概念的な結句がぴったりと噛み合って、家族というもののはかなさが現実的かつ幻想的にしみじみと感じられる。

2011年1月3日月曜日

佐藤佐太郎 秀歌選1

一短歌ファンが勝手につくってしまう秀歌選、第1回は佐藤佐太郎(1909~1987)だ。彼は斉藤茂吉に師事し、師とともに「アララギ派」を代表する人物だ。佐藤志満編『佐藤佐太郎歌集』(岩波書店)所収の1451首より6首選んだ。概ね年代順に記す。

1 しづかなる一むらだちの葵さき入りこし園は飴色の土

2 苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる

3 係恋に似たるこころよ夕雲は見つつあゆめば白くなりゆく

4 今しばし麦うごかしてゐる風を追憶を吹く風とおもひし

5 しろじろと虎杖の咲く崖が見えさいはひのなき曇につづく

6 地下道を出で来つるとき所有者のなき小豆色の空のしづまり

細かい写実描写と、4の「追憶」、5の「幸」のような抽象的表現の融合が見事だ。