『古今和歌集』の秀歌選をつくりたい。私は古今集がきっかけで短歌に興味をもつようになった。独特な幻想美と音楽的な調べは当時の私にとって大きな衝撃だった。子規の批判や現代短歌に触れ、今はあのときとはまた別の視点で古今集を見ているが、私の短歌の原点にはいつだって古今集がある、このことは変わらないと思う。『古今和歌集』(角川学芸出版)を参考に、「巻第一」から「巻第十八」までに収録されている1000首より10首選んだ。掲載順に記す。
1 ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ 紀友則
2 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに 小野小町
3 ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかにとふ人もなし よみ人しらず
4 ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平
5 みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ 壬生忠岑
6 白雪の降りてつもれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ 壬生忠岑
7 昨日といひ今日とくらしてあすか川流れてはやき月日なりけり 春道列樹
8 わが恋はむなしき空にみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし よみ人しらず
9 命にもまさりて惜しくあるものは見はてぬ夢のさむるなりけり 壬生忠岑
10 春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな 紀友則
1、2、4は「小倉百人一首」に選ばれている。いずれも韻律の完成度が極めて高い。特に1の音楽性は短歌史上においても群を抜いて優れているように思える。
この10首は文体こそ古いが、内容において古臭さは感じられない。むしろ現代的ですらある。短歌が滅びない限り、古今集が日本人から忘れ去られることはないだろう。